2018年2月10日土曜日

夫の育休取得からあれこれ考えてみた

昨今、お母さんのワンオペ育児についてや、働きたいお母さんたちの保活問題などが叫ばれている。さて、目線をわが家に戻したときにどうだろうか。それはまるで申し訳ないほどに他人事だった。

わが家は半フリーランスの夫と、完全フリーランスの私、2歳半の息子、それにもうすぐ赤ちゃんが誕生する。

日常は朝9時から夫が働きに出て、その間、私が息子と過ごす。14時に仕事が終わる夫を迎えに行き、私に仕事があれば息子のことはバトンタッチ。夕方家族3人合流して、買い物などを済ませて私が食事を作り、夫が息子と入浴する。余裕があれば私も一緒にお風呂へ入り、それから3人で夕食を食べて、一家団欒。息子の寝かしつけは基本的には私がするが、仕事が詰まっていれば夫がする。

子育てに関しておおよそ夫婦が半々で行う。家事も、だいたいにおいて得意な方がする、というカタチをとっているので洗濯は夫、料理は私、掃除はふたりとも苦手なので気づいたときにお互いにお尻を叩きつつする、という感じだ。

子育て支援センターなどにいると、どうも「オムツを替えられないお父さん」、「子どもを一日面倒見られないお父さん」に対する愚痴を言うお母さんの多さに驚く。そしてわが家の夫の話をすると「子どもを見てくれるお父さんでいいね!」となるのだが、私からすると「それはこちら側の意識の問題ですよ」ということになる。私たち母ちゃんの方がお父さんも親として等しく子育てをして当たり前、と思わねばならないのである。

まあ、私たちが育った時代も男女平等などと言いながら、夕飯時に忙しく家事をしているお母さんを横目にお父さんはソファーにドカッと座ってテレビを見たり、お酒を飲んだりしていたわけだから、そりゃあ意識をかえるのは簡単ではないのかもしれない。でも、そこを意識改革せねばワンオペ育児の愚痴から解放されることなど一生ないと思う。だって、それに腹を立てながらもヨシとしてしまっているのは自分なのだから。(それに例えばだけれど、外でママ友に愚痴りながら、SNSではちょっと美容室へ行く時間をくれたからって「パパに感謝(ハート)」とかちゃんちゃらおかしいぜ!)

そして今回、わが家は第二子を迎えるにあたり、夫が1カ月間の育休を取得することにした。あれこれ思うことがあり、里帰り出産をやめたのだが、では誰が産後の家事と息子、新生児のお世話をするか。それは私たち夫婦がふたりですればいい、というのが結論だった。無論、信頼できる友人たちの助けは借りるつもりだし、そこは事前にお願いしている。けれども、基本的には家族で乗り越えていこう、というスタンスでいる。

ついつい私は自分を「普通」と思いがちだけれど、この7年でずいぶんと考え方も生き方も変わった。友達の中にいたら普通、多数派であることも、多くの場面では自分をマイノリティであると感じるし、おそらくその感覚は間違いではなく事実だと思う。

1カ月の育休ーー。職場に言ってみれば案外取れるもので「取れない。取りにくい。取れる空気じゃない」と思い込んでいるのは私たちなのかもしれない。

わが家が大切にしているのは、家族が一緒に過ごす時間。もちろん密度も大事だけれど、時間そのものも大切にしている。子どもが子どもでいる時間は短い。だからこそ、今、一緒にいたい。ただそれだけだ。暮らしはね、なんとかなる。

結婚して7年。同じ歳の夫とは友達のような兄妹・姉弟のような、そんなパートナーシップで、年々しょうもない小競り合いも増えてきたけれど、今が一番運命共同体という感じがしている。つまり、夫との暮らしも飽きるどころか、なかなかにおもしろい。

第二子の出産予定日が2日過ぎた。さて、私たちはいつ4人家族になれるのやら。赤ちゃん、どうか無事に生まれてきてね。待ってるよ。