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2019年7月2日火曜日

2019年上半期を振り返る!

気がつけば2019年も半分が過ぎた。そしてこのブログも新年のごあいさつをしたっきり…まるっと放置していた。

この半年のことをざっくり振り返ると、子育てに追われながら、4月からは息子を保育園へ入園させ、ひょんなことからラジオ番組に出演したり、テレビ番組に出演したり(これは主に夫が)しつつ、仕事もなんだかんだいただいて、充実した日々! 本当に“おかげさまです。ありがとうございます”と思っている。

あと、日常のことはインスタグラムのアカウントにて更新中。お仕事のことも「#やましたよしみの仕事」で検索できるようにタグづけしている。ぜひともフォローを。

2019年、下半期も楽しんでいくぞ!



2018年4月6日金曜日

ワンオペ育児にドキドキする春

生後1カ月の娘がいながら、3月は夫が4つのライブに出演。詩人・山下冗談としてだったり、バンド・ラスファニーズとしてだったり、呼んでいただけることはありがたいことです。

と、思えるのも、二人目の子どもだからなのでしょう。母ちゃんとして少しずつたくましくなっていく自分を自分でほめています。自画自賛です。

4月、5月も続々とスケジュールが埋まりつつあり、「この日はワンオペ? この日もワンオペ?」とドキドキしながら子育てを楽しんでいます。

春、ですね。



2018年4月3日火曜日

バレンタインデーの夜に

ブログをご覧くださっているみなさま、ご無沙汰しております。

ご報告が遅れましたが、2月14日に第二子となる女の子が誕生しました。今回は助産院での出産でしたが、夫と息子とともに生まれてくる赤ちゃんを応援しながらの出産でした。

現在、やんちゃ盛りの2歳の息子と生まれたばかりの娘の育児に奮闘中です。毎日くたくたになりながらも愉快な日々を過ごしています。

今年度はもう少しブログを更新できたらな、と思っています。(←なんとなくこう書いてしまいました)

では、次の更新をお楽しみに!



2018年2月10日土曜日

夫の育休取得からあれこれ考えてみた

昨今、お母さんのワンオペ育児についてや、働きたいお母さんたちの保活問題などが叫ばれている。さて、目線をわが家に戻したときにどうだろうか。それはまるで申し訳ないほどに他人事だった。

わが家は半フリーランスの夫と、完全フリーランスの私、2歳半の息子、それにもうすぐ赤ちゃんが誕生する。

日常は朝9時から夫が働きに出て、その間、私が息子と過ごす。14時に仕事が終わる夫を迎えに行き、私に仕事があれば息子のことはバトンタッチ。夕方家族3人合流して、買い物などを済ませて私が食事を作り、夫が息子と入浴する。余裕があれば私も一緒にお風呂へ入り、それから3人で夕食を食べて、一家団欒。息子の寝かしつけは基本的には私がするが、仕事が詰まっていれば夫がする。

子育てに関しておおよそ夫婦が半々で行う。家事も、だいたいにおいて得意な方がする、というカタチをとっているので洗濯は夫、料理は私、掃除はふたりとも苦手なので気づいたときにお互いにお尻を叩きつつする、という感じだ。

子育て支援センターなどにいると、どうも「オムツを替えられないお父さん」、「子どもを一日面倒見られないお父さん」に対する愚痴を言うお母さんの多さに驚く。そしてわが家の夫の話をすると「子どもを見てくれるお父さんでいいね!」となるのだが、私からすると「それはこちら側の意識の問題ですよ」ということになる。私たち母ちゃんの方がお父さんも親として等しく子育てをして当たり前、と思わねばならないのである。

まあ、私たちが育った時代も男女平等などと言いながら、夕飯時に忙しく家事をしているお母さんを横目にお父さんはソファーにドカッと座ってテレビを見たり、お酒を飲んだりしていたわけだから、そりゃあ意識をかえるのは簡単ではないのかもしれない。でも、そこを意識改革せねばワンオペ育児の愚痴から解放されることなど一生ないと思う。だって、それに腹を立てながらもヨシとしてしまっているのは自分なのだから。(それに例えばだけれど、外でママ友に愚痴りながら、SNSではちょっと美容室へ行く時間をくれたからって「パパに感謝(ハート)」とかちゃんちゃらおかしいぜ!)

そして今回、わが家は第二子を迎えるにあたり、夫が1カ月間の育休を取得することにした。あれこれ思うことがあり、里帰り出産をやめたのだが、では誰が産後の家事と息子、新生児のお世話をするか。それは私たち夫婦がふたりですればいい、というのが結論だった。無論、信頼できる友人たちの助けは借りるつもりだし、そこは事前にお願いしている。けれども、基本的には家族で乗り越えていこう、というスタンスでいる。

ついつい私は自分を「普通」と思いがちだけれど、この7年でずいぶんと考え方も生き方も変わった。友達の中にいたら普通、多数派であることも、多くの場面では自分をマイノリティであると感じるし、おそらくその感覚は間違いではなく事実だと思う。

1カ月の育休ーー。職場に言ってみれば案外取れるもので「取れない。取りにくい。取れる空気じゃない」と思い込んでいるのは私たちなのかもしれない。

わが家が大切にしているのは、家族が一緒に過ごす時間。もちろん密度も大事だけれど、時間そのものも大切にしている。子どもが子どもでいる時間は短い。だからこそ、今、一緒にいたい。ただそれだけだ。暮らしはね、なんとかなる。

結婚して7年。同じ歳の夫とは友達のような兄妹・姉弟のような、そんなパートナーシップで、年々しょうもない小競り合いも増えてきたけれど、今が一番運命共同体という感じがしている。つまり、夫との暮らしも飽きるどころか、なかなかにおもしろい。

第二子の出産予定日が2日過ぎた。さて、私たちはいつ4人家族になれるのやら。赤ちゃん、どうか無事に生まれてきてね。待ってるよ。



2017年5月24日水曜日

「みすずちゃんって誰なのー?」

息子(1歳9カ月)が、何と前触れもなく「みしゅじゅ、みしゅじゅ」と言う。
なんのことを言っているか皆目見当もつかない私。

よーく考えてみた。
この日は保育園主催の子育て支援センターに一時預かりでお願いしていたので、もしかしてそこに“みすず”ちゃんという女の子でもいたのかな、と思いついた。

そこで息子に「みすずちゃん? 保育園にみすずちゃんっていう子がいたの?」と聞いてみる。しかし、依然として「みしゅじゅ、みしゅじゅ」と繰り返す息子。

わけがわからず、「みすずちゃんって誰? どこの子?(女の子の名前を言いまくるなんて100年はやいわい!と思いつつ) なんのこと?」と問うと、「トラック!」とひとこと。

息子が手にしていたトラックのおもちゃを手に取ると、そこには【ISUZU】の文字。

「みしゅじゅ」は“みすず”ちゃんという女の子ではなくトラックの【ISUZU】であった。(なんだ、女の子じゃないのね、トラックなのね、と少しホッとする。バカである)

それにしても1歳児の息子が【ISUZU】が読めるわけがなく、なぜ「みしゅじゅ」と言ったのか、謎だ。

不思議に思い、帰宅した夫に一連の流れを話す。
すると、2~3日前に息子のトラックのおもちゃのほとんどに【ISUZU】と記載されていることに関して、私が「トラックってISUZUが多いの?」と尋ね、夫が「ISUZUかHINOが多いかもね」と答えたというのだ。

はーん。そういえばそいういう会話した! と、そこでようやく思い出す。(バカである)

息子はその会話を聞いていて【ISUZU】を記憶していたのか。
1歳児の記憶力おそるべし。

わかっていないと思って、うかつなことは言えないなと気を引き締める今日このごろ。
先日36歳になったよ。てへへ




2017年5月9日火曜日

帰る場所

今日は鹿児島市内でとある飲食店の2代目社長さんと打ち合わせ。そのなかで目から鱗の言葉があった。その方はご自身の仕事に誇りをもっておられたし、とても楽しんでいらっしゃる。しかし、「子どもには継がせたくない」と。そして、「子どもに継がせられる仕事を10年かけてつくる」と。

はーん、私は子どもが将来就く仕事のことなど考えてもいなかった。無論、息子(1歳9カ月)がいつか自分の好きなこと、得意なことを見つけてほしいと、親なら誰しもが思うようなことは考えていたが、彼の仕事のこと、ましてや「私がそれをつくる」などとはチラリとも思ったことがなかった。

フリーランスの編集者・ライターという仕事。10年先がどうなっているのか。考えるのがちょっと怖い、という思いもある。AIがラフを切って、取材なんかしなくても良い原稿を書く、そんな時代…? いやいや…、でもどうだろう。

ある売れっ子のフリーライターの先輩は、かつて私に「書く仕事はなくならない」と言った。私が鹿児島へ移住したときも、「大丈夫」と。そして彼女も東京から離れ、地方都市で暮らしているが、そりゃあもうバンバンお仕事されている。活躍の幅、そんなものは狭めていない。

私が息子のための仕事をつくることは、この先もちょっと考えにくい。とはいえ、私は母ちゃん。息子にめいっぱいの愛情を注ぎ、おいしいごはんをつくって、自由な遊びの場を与えて、安心して眠れる家をととのえる。そして、がんばって働く姿だってちゃんと見せるよ。だいそれたことはできないけれど、できることからひとつずつ。

今日はいい打ち合わせができた。帰る場所があることに、感謝したい。



2017年3月1日水曜日

「楽しい温泉の入り方」無事に終了しました!

大人になって勉強することが楽しくなった。
知ることは楽しい、美しい。
自分のために時間を使って新しい知識や見識を受け止めて、考えて、とらえていくってとてもぜいたくなことだなあ、なんて。

2月26日(日曜、風呂の日!)、西方の【B】で開催されたイベント「楽しい温泉の入り方」、無事に終了しました。

最初は講義のように始まった田中さんのトーク。
最後まで飽きさせぬまま終了予定時刻を大幅に過ぎて、大満足のたっぷり2時間。

これからは温泉へ入るときに、脱衣所や浴槽や、あれこれを見渡して、もっと楽しみながら入浴できる。暮らしのなかで、ささやかな幸せを感じて、小さな発見を集めて、ちょっとした学びを重ねて。そうして人生は豊かになっていく。

帰りには田中さんから竹屋旅館の入浴チケットとともに、タオルやせっけんのお土産もいただきました。
ご参加くださったみなさま、スピーカーの田中さん、あらためましてありがとうございました。

【B】では今後も、ほんの少しのキラメキやヒラメキをあなたにお届けします!



【B】
薩摩川内市西方町2447
営業時間/15:00~18:00くらい
さみだれオープンなので、ご来店の際は事前にご連絡いただけると確実です!



2017年2月5日日曜日

生きている実感がビシバシくる!

息子が1歳半になった。
これまで赤ちゃんだとばかり思っていたが、言動に幼児を感じることが多くなった。

最近は、息子の言動で家庭にあらたな笑いが生まれる。それはただ愛らしくて笑みがこぼれるのではなく、本当に可笑しくて笑ってしまうのだった。

この瞬間、「ああ、なんて幸せなんだ!」と思う。生きている実感がビシバシくる。

ありがとう、息子よ。母は幸せだ。


2017年1月16日月曜日

【B】について

東京時代、鹿児島市内時代と古本屋で働いたり、運営していたりした夫。

ここ薩摩川内市に暮らし始めてからも古本屋を「やるやる」言っていたものの数年が経過した。私としてはやり始めるまで信用ならんな、と思いながら彼の自主性なるものを尊重し、放っておいた。ところが、それをみかねた西方町の近隣住民から多大なるバックアップを受け、昨年末にイベント〈NISHIKATA TATATA〉の開催と同時になんとか無事にオープンした本屋【B】。

塩とタバコを扱っていたという古い店舗兼住居の一部をセルフリノベーションし、土足で上がれる小上がりに夫がセレクトした古本が並んでいる。本の在庫はわが家の8畳間をまるっと潰すほどにあるのだが、なぜか【B】に1日10冊ずつしか追加しない夫のマイペースっぷりは気になるものの、まあ少しずつ本も増えている。

たいした告知もしていないにもかかわらず、【B】を開ければ誰かしら顔を出してくれ、休日には遠方からも足を運んでくださる方もいて。本当にうれしいかぎりである。どうもありがとう。

今後はこの場所で古本以外にも気の利いた雑貨なども取り扱っていきたい。また、あれこれとイベントも計画中だ。(2月には温泉ファンのためのイベント「YOU&I  ~楽しい湯船の浸かり方(仮)~」も開催予定)。

まだまだ何もかも未知数のお店だが、これからどんどん愉快になっていくはず。西方町の、薩摩川内市の、北薩エリアの、鹿児島県の、みなさんの日常にほんの少しのキラメキをお届けしたい、そんな気持ちで【B】を運営していく所存!(夫だけでなく、私もね。がんばる)。

以上、【B】についてでしたっ!


B
鹿児島県薩摩川内市西方町2477
営業時間/15:00~今のところ18:00くらい
定休日/不定休
Instagram/@honya.b
*営業時間、定休日はかなり変則的ですので、ご来店の際はインスタグラムをご確認くださいませ。お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。







2016年11月5日土曜日

「僕らはまたやさしくなった」

わが家に哀しい出来事が起こってから数日。人のやさしさを噛み締める日々だ。

夫は「生きていれば大丈夫。家族3人、生きていれば大丈夫。僕らはまたやさしくなった」と言った。ひだまりに包まれているようなあたたかさを感じた。

おかげさまで日常は幸福に満ち、哀しみに浸る暇もないほどに1歳3カ月になったばかりの息子が私を求めてくれる。だから、本当はとても哀しいのだけれど、大丈夫。ちゃんと立っていられる。よろめいても支えてくれる家族もいる。友達もいる。

この出来事から“生きていればいろいろあるものだな”と痛感した。こんな風にしみじみと感じるのは初めてかもしれない。人生の折り返しに向けて、じわりじわりと熟しているのかも、ね。どうだろう。

心配して会いに来てくれたり、声をかけてくれたり、電話やメッセージをくれた親愛なる友人たちへ、あらためてありがとう。私は大丈夫よ。




2016年10月22日土曜日

抱きしめてTONIGHT

行きたいところへは行けず、食べたいものをゆっくり食べることもできず、眠りたいときに眠れず、服は汚れ、メガネは壊れ、毎日、今だけを生きるのに精一杯。けれど、そんな日々を愛している。

大切なことはほんの少しだけ。人生はとてもシンプルだ。それを強く強く教えてくれるのが、いつも私のそばにいる小さな息子と、頼りになるようでならないようで頼りになる夫。

ありがとうとごめんねと、許してねと愛してるを積み重ねる日々を抱きしめてTONIGHT。



2016年10月21日金曜日

自画自賛するとき

昨年の夏に息子が生まれ、初めて「自分が母親であること」や「自分自身の中の母性」を実感したのは、授乳や抱っこ、沐浴、おむつ替え、寝かしつけ、泣いているのをあやすのではなく、子どもの汗をガーゼで拭っているとき。それは自分でも意外で、先輩ママである妹(現在、小学4年の息子がいる)に「聞いて聞いて! 汗を拭いているときに“お母さんになったんだなあ”と感じたんだけど!」と、わざわざ言ってしまうほどであった。(ちなみに妹も「そうね。確かに手をかけてあげているって感じがするよね」と優しく同意してくれた)

そして、最近「私、いいお母さんじゃん!」と自分で 自分を褒めてあげたくなるのは、1歳2カ月になった息子がものすごく良いう○ちをしたとき。柔らかすぎず、硬すぎず、1日1回、もしくは2回、立派なう○ちをしたときに、私は“母親として息子にきちんと食事を与え、適切に水分を補給させ、遊びの時間に適度に運動をさせ、余計な不安やストレスを与えず、しっかりと睡眠をとらせている、だからこそ理想的なう○ちが出ている、なんて素晴らしいんだ!”と、ひそかに自画自賛するのであった。

母親になって1年2カ月。子育てに正解なんてないんだろうなと思いながらも、息子のため、ひたすら迷ったり、考えたりの日々である。元来、体力のない私だから肉体的には結構ハードなのだが、「子育ては楽しい!」と心から言える。



2016年10月9日日曜日

あなたはいつ空を見上げた?

日増しに秋風が心地よく感じられる西方海岸ーー。
東シナ海に沈み行く夕陽は、日々、刻々と表情を移ろわせ、その美しさには心が洗われる想いがする。

私が空を眺めるようになったのは、8年ほど前。夫と出会ったころからだ。

あのころ見つめていた歪な四角い空。今はぐんぐんとどこまでも広がっている。空の青も、雲のかたちも、七色の夕焼けも、無数の星も、天の川だってよく見える空。

あなたはいつ空を見上げた?



2016年10月1日土曜日

暑さの記憶とともに喜びを胸に刻む

わが家にハッピーなニュースがあった。
そういった類いの出来事はときどきあるけれど、今回のは「やったー!」と大きな声で叫んでしまいたくなるほどのハッピーなグッドニュース。

ここ数年、テンションのメーターが振り切れるような遊び方や暮らし方はしていないので、たまにいいことがあるともわもわ~っと心の奥から湧き出るような柔らかな喜びに包まれる。

10月に入ったというのに、まだまだ残暑が厳しい。日中の空には入道雲がモコモコと広がっていた。この暑さの記憶とともに、今の喜びの感情を胸に刻んでおくとしよう。



日曜日と祝日の行き先がない

一日中家にいると息子(1歳1カ月)が私にべったりで、家事をするのはおろかトイレにすらなかなか行けない。所謂、赤ちゃんの成長過程にある後追い行動のためである。

まだ歩くことができない息子だが、ハイハイでどこまでも行けそうなほどに体力がモリモリ。ゆえにその体力が尽き果てるまで、自由にのびのびと遊ばせる必要があるのだ。実際、そうすることでぐっすり寝てくれるし、お腹も空くのでごはんもたっぷりと食べてくれる。そのため、近ごろは日中なるべく外出することにしている。(もちろん、彼の好奇心を満たしたり、ほかの子どもとの出会いで何かを感じたりして欲しい、という想いも一応あることはある)。

そこでありがたいのが子育て支援センターや子育てサロンだ。妊娠中や産後すぐはその名からして敬遠していたのだが、実際に足を運んでみると先生たちやほかのお母さん方の存在にずいぶん助けられる。自宅より広い場所で動き回る子どもたちは、みな元気いっぱい。目新しいおもちゃであれこれ遊んだり、ほかの子どもとやりとりすることも経験できる。目線の先に子どもをおきつつも、先生やお母さん方と子どもの成長について話す時間は、育児書やネットの情報では得られないものであり、なにより自分自身の気分転換にもなるのだ。また、予期せぬ動きをする子どもに対して、ケガなどしないか、誤飲などしないかと常に緊張感をもって目を光らせているが、多くの大人たちの目があることで、ほんの少しだけ気を抜くことができる。フッと肩のチカラが抜ける瞬間がある、というくらいの表現が正確かな。けれど、それだけでも今はありがたい。

しかしながら、子育て支援センターは日曜日と祝日がお休みである。夫は平日休みなので、日曜日と祝日に行く先がないのは結構痛い。子育てにお休みはないのに子育て支援センターが休みなのは困っちゃうなーというのが本音。日曜日・祝日に仕事をしている親は託児所に預けているのだろうか。それもまた大変だ。

20代のころはありがたがっていた24時間営業のコンビニやスーパー。今なら24時間開いている必要ないわーと思うのだが、子育て支援センターは日曜日と祝日もやっていておくれよ~と思ってしまうのだった。人間ってそのときそのときで勝手なもんだ。


2016年9月24日土曜日

「食べ終わりたくない」

夫は私が作る料理をおいしいと言って食べてくれる。ほとんどの場合、文句を言われることもない。

先日、晩ごはんに豚肉の生姜焼きを作った。夫はそれを「うまっ! 食べ終わりたくない! うまっ! おかわりしていい? うまっ」と言ってペロリと食べる。“食べ終わりたくない”は、“いつまでも食べていたいほどおいしい”という意味らしく、彼にとって最上級の褒め言葉なのだ。

けれど、私は知っている。夫は濃いめの味付けの肉料理の日はだいたいこう言うのだと。だから「そう? よかったー」と適当に言いつつも、内心“この子ども舌め!”と思っている。そんなことを考えているとなんだか料理の作り甲斐がないな、とだんだんとテンションが下がってきてゲンナリ…。

しかしながら、ただゲンナリするもの嫌なのでその気持ちをツイッターに書き綴って夫に言うのだった。「ツイッターに悪口書いたよ。うふふっ」と。すると夫も「えー、俺なんかしたっけー?」と言いながら一応ツイッターを見る。そして「俺、別に子ども舌じゃないし、本当においしかったし」と、私が子どもの寝かしつけをしている2階の部屋までわざわざ言いにくるのだ。

子ども舌じゃない! と言う辺りが子どもっぽくもあるのだけれど、心のどこかで“まあ料理にあれこれ文句をつけてくる夫よりはマシか”と思っている。ちなみに夫が“食べ終わりたくない”を連発した日は大抵食べ過ぎてお腹を壊すのだった。それに関しては心底勘弁してもらいたい。




2016年9月17日土曜日

母親という生きもの

昨年の夏に息子を出産してから私の日常は一変した。望んで望んで授かったわが子。かわいいに決まっている。が、しかし、正直、覚悟していた以上に生まれてからの数カ月は大変だった。

産後、感動とドキドキとワクワクと、カラダのあちこちの痛みとでぐわんぐわんしている最中、初めて息子がう○ちをしたときのこと。(お食事中の方がご覧になっていたらごめんなさいね)。岩のりみたいな黒い物体がおしりにこびりついていた。ぎこちない手つきでおしりふきシートを使って拭くのだが、拭けども拭けども汚れが取れない。思わず隣りで見てくれていた助産師さんに聞く。「これってどの程度拭くんですかね?」。するとこれ以上ないくらいにキッパリ、ハッキリと「全部です!」と助産師さん。

今となっては情けない話だと思うが、そのやり取りで“わが子のことはすべて私がやる”のだと気づかされたのだった。おっぱいも、おむつ替えも、着替えも、あやすことも、全部。文字通り、全部。

私の夫は俗にいうイクメンである。(イクメンという言葉は気に障るけれども)。1歳を過ぎた息子に対し、今では授乳以外のすべての面倒をみる。ほかのお母さんたちの話を聞いている感じだと、多くのお父さんたちの2倍、いやいや5倍、もしかすると10倍くらいは育児にかかわっているかもしれない。

健診の日はお休みをとって同行し、病院へ行くものだいたい一緒に来てくれる。日常でも朝の出勤前までは夫が息子の世話をし、夕方以降、私が家事をしている間はずっと息子の相手をしてくれる。さらに私が取材で家を空ける日は、一日中子どもの面倒をみることも。

そして、方々で言われるのだ。「いいパパね」「なかなか病院まで一緒に来てくれるパパはいないよ。感謝しないとね」「素敵な旦那さんつかまえたわね」などなど。とにかく育児に参加することで、夫はほめられまくっている。

はて? お母さんは子どものお世話を全部するのが当たり前で、お父さんがするとほめられる。なにそれ? である。念のため書いておくが、私も夫もほめられたくて育児をしているわけではない。私たちは息子がかわいくて仕方ないし、初めての子育てをとても楽しんでいる。ただ、それでもときどき大変に思うことはあるのだけれど。にしても不公平じゃないか。お父さんだけほめられるなんてさ。

先月、保育園主催の子育て支援センターのお誕生日会に参加した。8月生まれの息子はまだわけがわかっていなかったが、みなさんに「おめでとう!」と祝っていただいた。そして主任の先生がみなさんの前で私にこう言ったのである。「いつも子育てを頑張ってらっしゃると思います。お子さん、とてもいい子に育ってますね。子育ては大変だと思いますが、これからも頑張ってくださいね」と。そんなつもりはなかったのだが、ふいにかけられた言葉にウルウルしてしまった。

自ら望んで生んだ子ども。頑張って育てるのは当たり前だけれど、それでも労われることで救われた。仕事だったら「お疲れ様です」「ありがとうございました」とか、「いい記事でした」とかなんとか、なにかと言葉をかけていただける機会はあるのだが、子育てはそれがほとんどない。無論、夫は私を労ってくれるのだけれど、そうじゃなくて第三者からの声かけというのがポイントかもしれない。

近くに子育てを頑張っているお母さんがいたら、子どもにだけではなくてお母さんにも声をかけてほしい。きっと、そのひと言でお母さんはもっともっと頑張れる。
母親とはそういう生きものだと思う。



2016年9月16日金曜日

忘れていた無になる時間

東京で暮らしていたころ、仕事が忙しくて「無」になる時間がなかった。たくさんの人や情報のなかで慌ただしく暮らし、それでも足りない何かを埋めるかのように毎日予定を入れる。スケジュール帳が文字でいっぱいになると安心した。思い返せば20代はずっとそんな感じだった。

あるとき、アクセサリーづくりにハマった。仕事をしていてもはやく家に帰ってアクセサリーをつくりたくてたまらなかった。会社帰りにはパーツ屋さんに寄って、お店の人にあれこれ質問しつつ、つくりたいモノのイメージを膨らませては足取り軽く帰宅し、夜な夜なアクセサリー制作に勤しむ日々。私が初めて経験した「無」の時間ーー。没頭するとはこのことか、とその感覚をも楽しんだ。

鹿児島へ移住してからもしばらく続けていたアクセサリー制作だったが、世の中のハンドメイドブームとともやめた。パーツを組み合わせるだけの制作がだんだんとつまらなくなったから。そして売るためには同じ物をいくつもつくらなければならない、というのもなんだかね。とかなんとか書いてみたが、とどのつまり飽きたのだ。

今日、薩摩川内市西方町のとりこ家さんのさとちゃんから「真鍮バングルのワークショップがあるよ」と声をかけていただいた。少し前から気になっていた真鍮のアクセサリー。あれこれ考えず行ってみることにした。ワークショップでは、すでに細くカットされた真鍮を金づちで叩き、デコボコとした模様をつける。内側には好きな文字を刻印。そして手首に合わせてカーブさせて完成! というとものの10分、15分ほどでできそうだが、実際には先生に手直ししてもらいつつ2時間以上も作業をした。

ハッとした! 真鍮を金づちで叩いているとき、私は「無」になっていた。真鍮が薄くなりすぎないように、でもデコボコがしっかりつくように意識を集中させて叩く。金づちが真鍮に触れるたびに鳴り響く“トントントン”という音も心地よかった。曲がってしまった真鍮を金づちで叩いてまっすぐに整える。刻印する文字を考えて、一文字ずつ打ち込む。力加減、文字のバランス、言葉への想いーー。いろいろなことを考えているようで、それでいて考えていなくて、ただただ手を動かす。

「無」になる時間。あーこれこれ。この感じ気持ちいい。


2016年9月9日金曜日

一日の終わりに、息子にかける言葉。

ここ数カ月、とにかくハイハイで動き回りたい息子(1歳1カ月)を連れて子育て支援センターに通っている。もう家のなかだけでは体力を持て余して仕方ないといった様子を見かねて、あれこれ調べては保育園や公民館へ足しげく通っているのだ。

最初はお母さん同士のお付き合いに尻込みしてしまい、息子がねんねすると読書をしたり、iPhoneで調べものをしたりしていたのだが、最近ではほかのお母さんたちとも自然に話せるようになった。子どもが同じ歳だと妙に親近感が湧く。少し子どもが大きいお母さんには離乳食のことを教えてもらったり、卒乳・断乳のエピソードを聞かせてもらったり、子どもという共通の話題で話は尽きない。

なんだ、ママ友って怖くないんだ!と実感している。この町ではわりと若いうちに結婚・出産している人も多いので、私は高齢ママの部類に入るだろうし、話が合わないのではと無意識的に壁をつくっていたのだろう。それも今となってはバカバカしく思う。

愛する子どもを一生懸命育てるお母さんに年齢は関係ない。だから10歳年下のお母さんとも、10歳年上のお母さんともただただ楽しく話している。これって仕事の世界ではなかなかないので、近頃はそれを面白いとすら感じている。息子が導いてくれた新しい出会い。新しい世界ーー。いいぞ、私。お母さんを楽しんでるぞ!なんて。

未だ続く夜間授乳に“朝までぐっすり寝た~い!”と弱音を吐くこともあるのだけれど、それでも息子との日々は毎日がコメディでドラマチック。ワンシーン、ワンシーンが忘れたくないことの連続である。

「今日も楽しかったね。また明日も楽しいことあるかな?」。
これが一日の終わりに、息子にかける言葉。



2015年5月21日木曜日

<Photolog>34回目の誕生日の記憶

2015年5月20日、やましたよしみ、おかげさまで34歳になりました。

先週に夫から「サプライズじゃないけど、よしみの誕生日会があるよ」と知らされ、「それって普通の誕生日会じゃん!」というやり取りをしつつも、うんと楽しみにしていた誕生日会。一昨日、開催していただきました。

今回はフォトログ風にお届け!




会場はここ、チアフルマーク海の家・ろくたん食堂。
今回、私の誕生日会を主催してくれたのは、店主のろくたんと最新の友達・なぎさちゃん。




ほかにも、鹿児島市からまきちゃん、阿久根からハマス&しょうこちゃん夫妻、松元さん、川内からは上間くんにみゆきちゃん、あつみくん、そして近所のおじさん・ふかみさんが駆けつけてくれました。(写真はダブルピースではなく、カニ!カニ!カニ!だよ)。




誕生日に誕生日会を開催してもらうなんて、いつぶりだろうか。
本当はとてもうれしいのに主賓の立ち位置は妙に照れくさくて、喜びを素直に表現できなかったなあ。ちなみに、この日はろくたんとなぎさちゃんお手製のカレーに、林光華園のけんたくんが直々に作ってくれた愛の麻婆豆腐、それからケーキは3つもいただきました!
みなさん、本当にどうもありがとう!!




久しぶりに夜更かしをして、みんなと語り明かした誕生日前夜。
翌日はゆっくりと起きて、いつも通り朝散歩へ。天気がよくて気持ちがいい誕生日。




思わず、海開き。そして、妊娠30週に入ったお腹をデデンッ!
太り過ぎてしまって、脚も腕も立派で恐縮…!




最後に、最愛の夫よ、いつもありがとう。