2015年1月17日土曜日

新年のごあいさつ

2015年になり、はやくも半月以上が過ぎてしまった。

スーパー遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。




やましたよしみ



2014年12月17日水曜日

2014年、仕事納めのお知らせ

2014年、心の中に3つの目標を掲げていましたが、どれもこれもまあまあまずまず達成することができました。(イェイ! イェーイ!)

つきましては、誠に勝手ながら本日をもって今年の仕事納めとさせていただきます!
例年12月は年末進行のバタバタと忘年会やイベントなどでズタボロになりながら過ごすのですが、今年はサラリとスマートに年越しを迎えたいと思っております。

とはいえ、現在、絶賛進行中の案件の校正などは当然ながら引き続き行いますし、新規案件についても気軽にご相談いただければと存じます。

▼やましたよしみ連絡先
yoshimi_20051981☆yahoo.co.jp
(☆を@にかえてください)

本日は桜島も雪化粧をしたとのこと。
南国・鹿児島も寒い日が続いておりますので、どうぞみなさま風邪などひかぬようご自愛くださいませ。

それでは少々早くて大変恐縮ですが、メリークリスマス&よいお年を…。


2014年12月17日

やましたよしみ



2014年11月17日月曜日

雑記<初心忘るべからず>

鹿児島でフリーになって2年。
上司も同僚もいないたったひとりのフリーランス。

初めはまた取材をしたり原稿を書いたりできることが、ただただうれしくて、何はなくとも高いモチベーションをキープできていた。けれども、ひとりで原稿を書いていると迷ったり、困ったりしても当然ながら相談する相手がいない。書き終えた原稿をチェックして赤字を入れてくれる人もいない。全部ひとり。ときどき、単純にさみしいなあとも思う。(これはフリーランスの宿命でもある。ひとりのさみしさに耐えられず会社に戻る人もいるほどだ)

しかも海辺の小さな町に引っ越してからというもの、取材に出向くことは減り、資料からの書き起こしや電話取材から原稿を執筆することが多くなった。故に、仕事をしているのに直接人と関わることが必然的に少なくなっていったのである。

無論、自由な時間は増えた。
仕事の合間に家事をすることも可能だし、原稿を効率よく書ければ自分次第でいつだって遊びに行くことができる。会社に勤めていたらこうはいかない。だから、パソコンとネット環境と電話さえあれば、いつでもどこでも仕事ができることは本当にありがたい。

しかしながらフリーランスが置かれている立場は厳しい。当たり前のことだが、納品した原稿がダメなら次からは仕事が来ないし、なぜダメだったのかなんて誰も教えてくれない。一案件ごとが勝負だ。(本当は勝ち負けじゃないんだけど。気合いの意味で)

今日、ひとりのディレクターにふたつの原稿を送った。
一通目のメールの返信には「なにもかも完璧です!」とあった。(ヤッター!)二通目のメールには「これまた理想的な原稿でございました」と書いてある。(イェーイ!)

彼はとてもとても仕事のできる人なので、外注ライターである私のモチベーションを下げないために“盛り盛り”でそう書いてくれたのかもしれない。それでもうれしい。なんならホッとして涙が出そうなくらい。

私は取材をするのが好き。書くことが好き。

編集やライターとしてやるべきことや考えるべきことは、ほかにも多々あるのだけれど、まずは「好き!」の部分を大切にしたい。初心忘るべからず!




2014年11月8日土曜日

雑記<好きな数字のこと>

好きな数字は「5」。
これは昔からで、おそらく誕生月が5月だからだと思う。(我ながら単純)

いま私は「33」歳なんだけれど、気分は33歳になった瞬間からなぜか「34」歳なんだよね。今年の誕生日の友人からのメッセージに“ゾロ目だね”なんてあったけれど、ゾロ目はわりと好き。けれど、「22」歳のゾロ目は気に入っていたけど、「33」歳のゾロ目は全然しっくりこない。だから早く「34」歳になりたいなあと思っている。

夫は「5」の倍数に頭の中や感覚を侵略されている。
テレビやコンポの音量が「5」の倍数でないと気持ちが悪いらしい。私がひとり暮らしをしていたころ、部屋のサイズに対してテレビの音は「12」がちょうどよかったのだけど、気づくと「10」か「15」に変えられていた。朝、何気なくテレビをつけて音量が「10」だと音が小さすぎて聞き取りにくかったし、「15」だと大きすぎてびっくりするのである。それに映画のDVDを観るときに「18」までボリュームを上げたら、“「20」にしてよ”などと言うので少し面倒くさい。

私は「5」が好きだし、「5」の倍数も嫌いじゃない。でも、生活に差し障るならば「5」でなくても、「5」の倍数でもまったく構わない。ただ、「33」歳より「34」歳になりたいことや、「22」歳のゾロ目は気に入っていたことを考えると、偶数はわりと好きなんだと思う。

誰かに話したらきっと「ふ~ん」とか「へぇ~」とか、そんなリアクションなんだろうけれど、数字にまつわる好みやちょっとしたこだわりって意外とみんなもっているんだよね。最初は薄ぅ~い反応だけど、話し始めたら案外盛り上がる、的な。

ちなみに、好きなアルファベットは「Y」だよ。「Y」amashita 「Y」oshimiだから。




2014年11月2日日曜日

ナガオくんとの出会い

幼い頃からつきあってきたアトピー性皮膚炎が30を過ぎて急激に悪化し、日常生活がままならない時期もあって、ここ数年あれやこれやと治療法を模索してきた。食生活や生活習慣、環境を整えることはもちろんだが、心身の健康を突き詰めていくと、結局スピリチュアルに向くことがわかった。(正確にはわかった、というよりも、そのようだ、という感じ)

元来、スピリチュアルや占いが苦手で、そういったものを日常に取り入れることはなかった。もっとも、水回りはキレイにしようとか、玄関はすっきりさせておいた方がいいとか、そういうことは母からの教えとして聞くことはあったが、占いに関しては自分がライターとして原稿を執筆する機会も多く、気持ちが近づくことはなかったのだ。

前回のブログ記事「長崎・福岡忘備録」でも少し触れた四次元パーラーあんでるせん。ここのマスターはマジックなのか超能力なのか、まったく理屈がわからぬショーを見せてくれた。タネも仕掛けもありません!というマジックなのか、はたまたマスター自身がもつ力なのか…。それはショーを間近で見ていても全然わからないのだが、そんなことはもはやどちらでもいい。“世の中にはすごい人がいるもんだ!”という考え方が一番しっくりくる。

あんでるせんのショーを見てから一週間も経たぬうちに、私が暮らす海辺の小さな町ですごい人に出会った。先々週末に薩摩川内市西方町にあるチアフルマーク海の家・ミチヨ食堂/ロクタン食堂にて開催されたイベント「トラットリア・ロクタン」にコーヒーワークショップの講師として招かれた名古屋在住のバリスタであり、マッサージ師(?)のナガオくんである。(マッサージ師、という肩書きが正確であるかは未だ謎)

偶然にも同じ歳のナガオくんだが、彼の施術を受けたこれまた同じ歳の友人・みっちゃんは思わず「先生」と呼んでいた。彼はマッサージでクライアントに触れ、その人と意識を一体化し、心身の不調を言い当て、日常生活で心がけるべきアドバイスをくれる。話を聞くと、彼の学んできたものはカイロプラクティックの技術と東洋医学の五行を併せたものらしい。彼はこの施術を「セッション」と呼んでいた。(文章にすると簡単だが、内容は相当なものである)

私は子どものころから肩コリなうえ、ヘルニア一歩手前の腰痛もちでもある。加えて、仕事が立て込むと動かすのが困難なほどに首が痛くなることもあり、マッサージ屋さんや整骨院には日ごろからお世話になっている。けれども、気功を使用した施術には甚だ懐疑的であった。とどのつまり、効いてない!という実感からである。

しかし、ナガオくんの施術を受けた人を見ていると、まあ不思議。たった20~30分の施術でまるで別人のような顔つきになっているのだ。そばで見ていると寝てしまう人も大勢いたが、だいたいの人が「動けない、動きたくない」といった魂が抜かれたような表情でぼんやりとしていた。

これは一体どういうことなんだろうか、という興味と、腰痛がよくなりますように、という思いとともに私も施術を受けた。なるべくリラックスした気持ちで身を委ねていると、どんどん体が熱くなっていく。営業中の食堂のにぎやかな声がだんだんと聞こえなくなっていった…。施術中の感覚は人によって異なるようで、友人のあおいちゃんは「森。大きな木。とてもドキドキしていた」と話した。

施術が終わると近くで見ていた夫が興奮気味に「どうなってるの! どうやっているの?」とナガオくんに声をかけた。そして、前述した方法を教えてくれたのである。それを聞いて夫は彼に「光の子だね」と言った。(ナガオくんの話は、本当はもっと具体的でていねいなものであったが、私もボーっとしていたのですべてを理解することができなかった)。ちなみに、夫は極度の人見知りであり、通常初対面の人には無意識的に無愛想なのだが、興味や好奇心を掻き立てられた相手には、異常に馴れ馴れしい!

それから、ナガオくんは私の腰痛の原因を説明した。それは、私の性格やこの三年半の間に考え続けてきたこと、この夏の気づき、ここ一週間に思っていたこと、それらのすべてだったのである。その日初めて会った彼が知る由もないことを施術、セッションによって言い当てた。しかも、最後の数分間は私の体に触れることなく、座禅を組み、瞑想のようなもので行ったのである。

びっくり仰天とはまさにこのことで、日々の鍛錬によってこのような力を習得できるなど、これまでの私の世界にはなく、にわかには信じがたかった。そして、その日の夜はナガオくんに興味津々の夫とともに、あれこれ彼と話をしたのである。それはとても素晴らしい夜、鹿児島弁で言う“よか晩”であった。

翌日も朝イチに食堂を訪れると、彼は座禅を組み、瞑想のようなものを行っていた。その雰囲気に声がかけられず、私は外のベンチに座った。しばらくすると私がそこにいることがわかっていたのか、彼は隣りにすっと座り、朝のあいさつをした後こう言った。「大変な旦那さんと結婚しましたね」。うぐぐ。実はよく言われる。どちらかと言うと、とんでもない系の人からよく言われる。(とんでもない系の人とは、あくまでも良い意味で、である)

再び、彼の施術を受ける。前日よりさらにリラックスしようと心がけた。すると、なんだか体が宙に浮いているような感覚になる。どのくらい時間が経っただろうか。施術が終わると、彼は私の体の不調について前日より一歩踏み込んだアドバイスをしてくれた。一つひとつ言葉を選んで、適切で思いやりのある表現で…。

翌日、夫とあらためて話し合った。体のこと、心のこと、今のこと、未来のこと…。この数年間、ずっと考えてきたことが、ひとつクリアになった。目に見えるものは真実であるが、目に映らないものにこそ真理が宿っていることがよくわかる。私たちは目に見えぬ本当に大切なものを見失ってはならないのだ。




2014年10月26日日曜日

長崎・福岡旅行忘備録

夫の遅い夏休みがとれたので、長崎と福岡へ旅行に出かけた。長崎はハマス夫妻と、福岡は義父を尋ねて。

長崎では四次元パーラー「あんでるせん」へ行き、マスターのマジックのようなショーを鑑賞。1000円札が浮いたり、ペットボトルのラベルが一瞬にしてボトルの内側に入ったり、目の前で繰り広げられる摩訶不思議な出来事に圧倒されつつ、“世の中にはすごい人がいるもんだ”と妙に納得した。ショーは予約制で、喫茶メニューを800円以上オーダーするだけで見られるので、興味のある方はぜひ。ちなみに、料理のお味は微妙で、待ち時間は異常に長いので要注意!

ほかにも、長崎では中華街や波佐見、佐世保などを巡り、夜はキャンプ場でテントを張って寝泊まりした。テントに泊まるのは小学生ぶりで、いささか抵抗があったものの、ハマス夫妻のリードで楽しい時間を過ごすことができた。夫はテント泊をいたく気に入り、「毎朝違う景色のなかで朝を迎えるのが心地いい」と言う。その考え方はとても彼らしく“素敵だなあ~”と思う一方で、“この根無し草体質が!”というツッコミも心の中で入れておいた。

3日目は長崎から福岡の糸島に移動し、鹿児島で知り合った松尾夫妻と再会。最後に鹿児島で会ったときにお腹の中にいた赤ちゃんはもう1歳になっていて、柔らかい髪のおかっぱ頭がなんともキュートだった。海が見渡せる定食屋さんで海鮮丼定食をいただいたが、やはり糸島のお魚はおいしい。実は糸島は以前に取材で訪れたことがあり、今暮らしている海辺の町に家が見つからなかったら“ここで暮らすのも悪くないかな~”と考えたことがある。海も山も、田園風景も素晴らしい。再び訪れた糸島は、やっぱり気持ちがよくてあらためて時間をとってまた来たいなと思う。

博多に到着すると、久々の都会にドッと疲れが出る。ビルの高さや人の多さ、街が動くスピードが田舎暮らしに慣れた私には少し刺激が強過ぎるようだ。加えて、義父のセレブ暮らしに面食らう。面白いエピソードがいくつもあったのだが、ここは念のため割愛。

その日は義父が予約したホテル最上階のスイートルームに泊まった。テント泊から一転し、そのギャップに落ち着かず。夫は突如として差し歯が割れた。夕食後、夫は義父と夜釣りに出かけるというので、ホテルの部屋に義妹を招いてふたりでプチ宴会を開催。あれやこれやと話したのだが、義妹に「よしみちゃん、今日お金おろすの忘れちゃったから1000円貸して」と言われてなぜかホッとした。しかし、酔っぱらい過ぎて1000円貸すのを忘れた。

翌日は義父と夫が糸島に釣りに出かけるというので、長い一日になるなあと腹をくくり、それについて行った。正直、釣りは嫌いではないが、魚は食べるほうが好きである。釣りは準備の時間が長いのと、絡まった糸をほどく時間が長いのと、釣れるまで待っている時間が長いのがね…。とどのつまり私の性格は釣りに向いていないのである。しかも、わざわざ福岡まで来て釣りなどしなくても、家の前の海で釣れるじゃん、などと思ってしまう始末。その日は義父も終始ご機嫌で、結局日が暮れるまで釣りをして過ごした。

最終日は義妹と3人で前々から行きたかったカフェでランチをし、夕方には解散。夫とふたり、IKEAであれやこれやと買い物を済ませて、自宅のある鹿児島の海辺の小さな町へ。帰る道々は4泊5日の疲れでだいぶグッタリしていたものの、それでも久しぶりの旅行にとても満ち足りた気分だった。

福岡滞在中、夫が席を外したときに義父からあらたまって「今、何か困っていることはないか?」と聞かれた。突然の質問に“うんん~”と頭を抱えてしばらく考えた。私があまりに黙り込んだので、義父は「そんなに考えるということは、困っていることがたくさんあるのか、それとも何もないのか?」とやや不安そうだったが、あらためて今の暮らしのなかで困っていることを考えてみると、“特になし”という結論に達した。

おととい初めて会った人が言っていた。
「言葉には人を傷つける言葉と、人に気づかせる言葉がある」。

義父ははからずも私に気づかせる問いかけをしてくれた。足るを知り、目の前にある小さな幸せを大切に日々を過ごしていこう。

そして最後に。
夫よ、素敵な旅行をありがとう。




2014年10月13日月曜日

雑記<小アジづくしの食卓を前にして>

先日、わが家に5人の友達が遊びに来てくれた。
夫のリクエストで豆乳鍋を用意。みんなでワイワイと食事を楽しんだ。友達のハッピーは報告を一緒に喜んだり、真剣な話で議論したり、たわいない話を延々にしたりして、気がつけば夜がふけた。

翌日は仕事の友達を見送り、ハマス夫妻の家の近くの海に釣りへ。
私はビールを飲みながら釣りをするみんなをぼんやり眺めていたものの、あまりの釣れなさに途中で飽きる。いつものパターンである。

しかし、時間が経ち、餌を変えたところで急に小アジが入れ食い状態。
まさに小アジフィーバー! 次々に釣れる小アジにみんなのテンションも最高潮に。

ちなみに、急きょ釣りに参加することになったギャラリストで現代芸術家のセキトくんは、やぶの中で見つけた細い竹に釣り糸と針をつけた即席竿だったにもかかわらず、釣りに釣りまくる。

その数、全部で100匹以上。
元カフェ店員で料理上手のしょうこちゃんが港でアジの頭と内蔵を落とし、早速家に帰って調理してくれた。私はまたまた焼酎を飲みながら、ほんのお手伝い。

しょうこちゃんと私がキッチンにいるころ、お庭では燻製づくりのための燻製器づくりがスタート。セキトくんが一斗缶を切り出し、燻製器をつくるところから始まったのである。スゴイ!

その日の食卓には、小アジの南蛮漬けに小アジの唐揚げ、小アジの燻製と新鮮な小アジづくしの贅沢な料理が並んだ。ああ、なんて幸せな一日!

田舎へ引っ越してから1年が経って不要な情報や感情から離れ、ますます暮らしは穏やかに、豊かになりつつある。