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2017年8月24日木曜日

2歳の息子が知っていること

この8月、めでたく2歳になった息子。イェーイ、おめでとう!

ええ、ええ、かわいいんです。とても。親バカ? そうです。そうですとも。

チャンスがあれば(息子がその気になったら)、いつだって抱きしめてほおずりして、ギューギュー、ギューギュー、ハグします。少し前までは外国の絵本の影響で、息子はハグのことを「BOBO」と言っていた。それもキュート極まりなかった!

毎日ギューギュー、ギューギュー、ハグしていると、先日ハグしている最中に、ふと息子が言うんです。

「おともだちは、やめてっていう。おともだちは、いやだっていう」。

はぁーん、切ない。切なすぎる。

息子の言葉の意味を説明すると、子育て支援センターなどでよく会う(もしくは時々会う)お友達にハグしようとすると、だいたいのお友達は突然のことにびっくりして嫌がって逃げようとするか、泣いてしまうか、なのです。少し大きなお友達になると「やめて」「いや」などと言いつつ拒否、とか。

まあ、仕方のないことです。
子どもだって気分ってものがあるし。人見知り真っ盛りの子もいるし。

なので、私は息子にいう。
「お友達にギューしていい? って聞いてみたら? あとは、先生にギューしたらいいんじゃない? 先生はギューされたらきっと喜ぶと思うよ」。

ということで近頃、息子は私の助言をガッツリ聞き入れ、毎回子育て支援センターに行くといろいろなお友達に「ギューしていい?」ときいてまわっている。お友達の顔を覗き込むようにしてきいている姿がなんとも愛しい。

けれども、ほとんどのお友達は息子の気持ちを受け入れてはくれないのだけれどね。たまーに、“いいよ!”っていう具合いに手を広げてくれる子もいるのだけど、そんなときにかぎっておしくらまんじゅう状態になって二人とも転んで、お友達が泣いちゃって息子は唖然、とか、まあまあ、なんともうまくいかないものです。へへっ。


それにしても、ハグの心地よさとか、ピースな感じとか、たった2年の人生でそういうのを知っている息子はいい感じだなって思う。親バカ? そうです。そうですとも。




写真は、同じく2歳でそういうのを知っているあーちゃんと、ハグする息子。

2017年3月16日木曜日

子どもの心を育むこと

ある本に「生後9カ月までの子育てはほとんどの人が間違えない」という内容が書かれていた。

それを読んだのが、確か息子が1歳を過ぎたあたりで、“おやおや、これはちょっと怖いな”と思ったことを覚えている。

じゃあ10カ月以降になると、子育てを間違える人も増えてくるの? 
どうして9カ月までは間違えないの?
ていうか、私は大丈夫なの?
なとど、あれこれ考えた。 

考えた結果、生後10カ月以降は子どもが本格的に自分で動き始める、そこで子どもへの親のかかわり方が大切になっていく、ということだろうと思った。

子育て支援センターなどで多くの子どもたちをぼんやり眺めていると、1歳を過ぎたあたりから子どもの個性が少しずつ見えてきて、1歳半を過ぎるころにはそれがもっとはっきりとしてくる。とくに1歳半くらいには、どの子がどの親の子か子どもを見ているだけでわかるくらいに、親のカラーが子どもに反映されているようだ。

ああ、あの本に書いてあったことは、こういうことか、と理解した。

私の息子(現在1歳7カ月)は、先生が中心となって親子で行うキッドビクスやわらべうた、リトミックなどにほとんど興味を示さない。1歳くらいのときは“まだ1カ所に留まるのが難しいのかな。ハイハイをしている方が楽しいのかな”なんて楽観していたのだが、よちよちと歩けるようになった今となっては、クラスが始まるとサッサと気の向くままにどこかへ歩いて行ってしまう。

さて、どうしたものか、と最初は不安に思ったのだが、今はこれでいい、と考えている。
わが家はいろいろな理由でテレビをつないでいないので、息子は「おかあさんといっしょ」や「いないいないばあ」などの幼児向け番組をほとんど見たことがない。だから、単純にそうした歌にのれない。知らないのだから。

けれども、息子と一緒にライブへ行くと、息子は最前列でじっと演者の演奏を聴く。楽器を弾く手元を見つめる。ときに身体を揺らし、合いの手を入れるかのごとく、「イェーイ!」と声を発することも。

この様子を見ていると、息子は音楽が嫌いではない。むしろ好きだと思う。
ただ子ども向けの音楽には馴染みがない、親しみがない、というだけだろう。

子どもの生命力は大人が思っているよりも強い。
1年7カ月、子育てをしてみて、よっぽどのことがないかぎり、漠然とではあるが子は育つだろうと感じている。

でも、それは身体の話で、心はまた別の話だ。
心を育むには絶対的に親、もしくはそれに準ずる保護者のかかわりが大切なのだと思う。

今日、友達とその甥っ子と一緒に公園で遊んだ。
彼女は2歳の甥っ子の機嫌が悪くなったときに、じっくりとていねいに話かけ、その子の気持ちが上向くまでずっと待っていた。母親は毎日24時間ずっと子どもと一緒にいるから、そうしなければならない場面でも、場合によってできないこともある。それでも、私はできるかぎり子どもの気持ちに寄り添う母親でありたい。



2016年11月5日土曜日

「僕らはまたやさしくなった」

わが家に哀しい出来事が起こってから数日。人のやさしさを噛み締める日々だ。

夫は「生きていれば大丈夫。家族3人、生きていれば大丈夫。僕らはまたやさしくなった」と言った。ひだまりに包まれているようなあたたかさを感じた。

おかげさまで日常は幸福に満ち、哀しみに浸る暇もないほどに1歳3カ月になったばかりの息子が私を求めてくれる。だから、本当はとても哀しいのだけれど、大丈夫。ちゃんと立っていられる。よろめいても支えてくれる家族もいる。友達もいる。

この出来事から“生きていればいろいろあるものだな”と痛感した。こんな風にしみじみと感じるのは初めてかもしれない。人生の折り返しに向けて、じわりじわりと熟しているのかも、ね。どうだろう。

心配して会いに来てくれたり、声をかけてくれたり、電話やメッセージをくれた親愛なる友人たちへ、あらためてありがとう。私は大丈夫よ。




2016年10月3日月曜日

息をフーッと吐いて

もう何年も会っていなくて、会ったのも数回で、そもそも友達の友達で、SNS上でほそぼそとつながっている女友達がいる。

彼女はおもしろい絵を描くイラストレーターで、私はその視点や感性が好きだ。(いくつかのタッチがあり、繊細で素敵な絵が描けるところも実は好き)。たくさんの言葉を交わしたわけでないけれど、作品からこぼれる彼女の人柄はとても魅力的である。

そんな彼女がもうすぐ出産する。2回目の出産。
もう予定日は過ぎているようだ。ツイッターでのつぶやきから、彼女のハラハラとした落ち着かない様子が伝わる。

東北と九州で遠く離れていて、私にできることと言えば、無事に赤ちゃんが生まれてきてくれるように祈ることくらいだろうか。

大丈夫。きっと大丈夫。息をフーッと吐いて。
赤ちゃんは上手に生まれてきてくれるよ。